INEARTHED
 
Children Of Bodom
は、もともと
Inearthed
という名前で活動しており、
Ubiquitos Absence Of Remission
Shining
なるデモテープも作成されている。当時のメンバーは、
Inearthed
でも契約できる段階までいったのだけれども、その契約内容が良いものではなかったらしく、バンドはいったん架空解散する。バンド名を
Children Of Bodom
に変更して、現在のレーベル
Spinefarm
と契約し、再出発することとなる。この時のメンバーは
Alexi Laiho
Henkka Seppala
Alexander Kuoppala
Janne Wirman

BODOM湖殺人事件
 彼らの出身国であるフィンランドにはBodom湖という湖があり、"
Children Of Bodom
"という名前はこの湖に由来している。

 1960年、このBodom湖でキャンプ中だった若者が何者かに襲われ、4人中3人が死亡したという事件があった。1人は生き残ったものの、事件は迷宮入りし、フィンランドでは誰もが知っているミステリーとなった。そのような背景から、"Bodom"という単語に何か大きなものを感じた彼らは"
Children Of Bodom
"というバンド名を選んだ。

 45年の月日が流れた2005年、この事件は、唯一の生き残りである
Nils Gustafsson
が起訴されるという進展を見せ、大きな話題を呼んだ。しかし、結局証拠不十分で無罪となり、Bodom湖ミステリーは解決されることなく再び幕を下ろした。
SOMETHING WILD
SOMETHING WILD  
Spinefarm
との契約を得た彼ら。いざ世に羽ばたかんと1997年
SOMETHING WILD
でデビュー。
At The Gates
In Flames
Dark Tranquillity
などの人気によりメロディックデスメタルが市民権を得ていた(んだと思う、多分)当時、先人達とは少し毛色の違う、よりネオクラシカルなサウンドが好評を博し、日本の輸入盤市場でも騒がれた。自国やヨーロッパでも人気が出てきてSWツアーは概ね好評だったそうだが、客が5〜6人しかいない事も経験したそうだ。

 もちろん国内盤が出ないはずもなく、メタル界に燦然と輝く冬でもTシャツ男、
宮本哲行
氏がその手を挙げたのかどうなのか、1998年、めでたく
Toy's Factory
からリリースされることになる。
HATEBREEDER
HATEBREEDER  翌1999年、現在でも傑作との呼び声高い
Hatebreeder
リリース。ネオクラシカルでキャッチーなメロディーや、COBサウンドの要とも言うべきテクニカルなギター&キーボードの充実、メンバー(特に
Alexi
)のルックスも注目されたちまち大評判。(メタル界で)かなりの知名度を得ることとなる。
TOKYO WARHEARTS
TOKYO WARHEARTS  
HATEBREEDER
が日本でも大好評→日本ツアー。ということで早速初来日公演。さすがにヘッドライナーとしてではなく、当時から人気の高かった
In Flames
のサポートとして実現。さらには、当時
Kimberly Goss
Alexi Laiho
Jesper Stromblad
(
IN FLAMES
)他という夢のようなラインナップで1stアルバムをリリースしていた
Sinergy
もお披露目という形でステージに上る。3バンドとも日本での所属レーベルが
Toy's Factory
ということで実現できた離れ業。

 まずは
Sinergy
。さすがにメインアクトを張る
Jesper
はステージに上ることはなく、2ndから正式メンバー(そして現COBメンバー)となる
Roope Latvala
が代役を務めたが、
Alexi
Sinergy
としてもステージに登場した。 何より言及しておかなければならないのが、
Kimberly
のルックス。ジャケットとのあまりの違いとその豊満な肉体により会場は一瞬どよめいたそうな。あり得ない程のインパクトを残して
Sinergy
は役目終了。

 そして
COB
Sinergy
でテクニックは見せつけたが、ここではバンドとしても本領発揮。派手なギターとキーボードのテクニックが光る光る。それに負けじとリズム隊やリズムギターも。収支圧倒したテクニックで魅せ、主役を食うほど(※)のライブは、
Spinefarm
の提案で(2日分)録音され
TOKYO WARHEARTS
としてリリースされる。
※COBファンの立場からです。
FOLLOW THE REAPER
FOLLOW THE REAPER  
Hatebreeder
ツアーはヨーロッパでも展開され好評を博す、ほどなく1999年は暮れ、明けて2000年、
Alexi
Sinergy
の2ndアルバムのレコーディング、バンドとしてもシングル
Hate Me!
を本国で5月に発売、いくつかのフェスティバルに出演するなどを経て、年末に
FOLLOW THE REAPER
がリリースされる。マスターピースと言っても過言ではないシングル曲
Hate Me!
が示すように、キャッチーさに磨きがかかりまくったキラキラな本作。ヘヴィという観点からは若干遠ざかったものの、キラデスの名をほしいままに。

 リリース後、長いツアーに出る。自国フィンランド、及びヨーロッパツアーを終えた2001年4月、2度目の来日公演を果たす。
Dark Tranquillity
とのカップリングツアーだ。大先輩である
DT
のサポートとしてではなく、ダブルヘッドライナーという形。というか
DT
が先で、
COB
のヘッドライナーといっても過言ではない日本ツアー。日本における
COB
人気をみせつけるツアーとなる。
さよならTOY'S FACTORY
 日本ツアー終了後は、いくつかのフェスやライブをこなしながら、バンドは充電に入る。もちろんワーカホリック
Alexi
Sinergy
の3rdレコーディングなどにも余念がない。

 あけて2002年、実は
FTR
までで
Spinefarm
との契約は完了しており、バンドは新しい契約先を探す。。。が、結局元の鞘
Spinefarm
と契約更新。ところが、
Spinefarm
はメジャーレーベル
Universal Music
に買収されてしまったもんでさぁ大変。日本(や母国外)では
Universal Music
がリリースすることになってしまう。さようなら
Toy's Factory
。さようなら宮本さん。

 もちろん4thアルバムの制作・レコーディングも行われており、この年のWACKEN OPEN AIRでは、歌詞ができていない状態のまま
Needled 24/7
を披露している。しかし、WOAを含むいくつかのフェスティバルには出演したり、先行シングル
You're Better Off Dead
をリリースするものの、
COB
としてツアーらしいツアーは行われず、公に姿を現すことは少なかった。勿論
Alexi
Sinergy
の日本ツアーなどこなす。
AlexiのJacksonが盗まれる
 2002年は4つのフェスティバルにしか出演していない。その年最後のフェスティバル終演後、
Alexi
のトレードマークとも言える
Jackson Custom Shop
Randy Rhoads Vが盗まれるという事件が発生。

 2002年9月28日、ヘルシンキで開催されたSpinefest2002の終演後、
Alexi
が自らしっかり隠しておいたハズの、2本のギターが何者かに盗まれる。
Alexi
は怒り狂ったそうですが、トレードマークが盗まれたとあってはくよくよしてる暇はない。ということで、新しいギターを
Jackson Custom Shop
にオーダーしようとするものの、運悪く
Jackson
Fender
に買収された時期と重なってしまったのが影響したのかどうなのか、新しいギターには1年以上かかるとのことで、4thのレコーディングは終わってはいたとしても、
Sinergy
のツアーを1ヶ月後、
COB
の4th発売を3ヶ月に控えた彼にそんなに時間はかけられない。ボロボロのRRV1本があるだけではどうにもならない。

 そこへ触手を伸ばしてきたのが日本の
ESP
Jackson
RRVにこだわりたかったアレキシにも納得のいくシグネチャモデルを作るべく作製に入る。とはいえ、1週間やそこらでギターができるはずもなく、
Sinergy
ツアーは上記のボロボロGreen Pinstripeのギターをリペア、また契約していたフィンランドの楽器店から22fのGold Pinstripe RRVレンタルしてなんとかしのいだ。
HATE CREW DEATHROLL
HATE CREW DEATHROLL  明けて2003年。
HATE CREW DEATHROLL
がリリースされる。日本では本国フィンランドより一ヶ月ほど遅れてリリース。一言で言えば全作までと比べて、より直球勝負といった印象をうける。もちろんフックのあるメロディが失われたわけではなく、リフワークに磨きがかかり、単純に「かっこいい!」と言わせるようなリフが収められている、といった感覚。全体的に洗練された本作で新たなファンを多く得ることになる。

 日本でのリリース後、1週間とたたないうちに、日本ツアーが始まる。このツアーはヘッドライナーとしてではなく、
Rob Halford
率いる
HALFORD
のオープニングアクトとして東名阪福札をまわる。日本公演終了後もHCDRツアーは続き、フィンランド、ヨーロッパツアー、夏のフェスティバルツアーをこなした後、9月に今度はヘッドライナーとして再び日本の地を踏むことになっていたが…。
Alexander脱退
 7月16日。オフィシャルホームページで
Alexi
から次のようなステイトメントが発表される。
So...unfortunately it is true that Alexander is no longer part of the Hatecrew, and we just wanted to make the point clear that there is absolutely no bad blood between us, what so ever. We really try not to make a big deal out of this, and since it`s not our place to talk about Alexander`s personal affairs, we have to be brief about this. Alexander realized he couldn`t take this constant touring life anymore and felt that he was holding us back by not enjoy doing this anymore and that it was better for him to bail out than not giving the whole 100% and making himself unhappy. His exact words to me were ”It's not fair to me, to you, or to our fans to pull an act in front of you all and just do it for money” We understand that some of you might feel that it's not COB without him, and it is true that he was a huge part of us just like every other member, but we hope that YOU understand that this has not been easy for us, but, god damn, we will carry on with a new guy(which we'll let you know about later),cuz after all, the fact is: CHILREN OF BODOM AIN`T READY TO FUCKING DIE YET!

Drink beer and don't give a flying fuck! See ya!!

-Alexi Laiho
ホントに残念だが、AlexanderがHatecrewの一員でなくなってしまった、というのは事実だ。同時に俺たちの間に悪い感情は全くないことも明らかにしておきたい。俺たちはホントにこんな状況になりたくはなかった。Alexanderの個人的なことについて話す立場には無いから、簡単に説明する。Alexanderは、絶え間なく続くツアー人生をこれ以上続けることができないと思っていたんだ。そして自分がツアーを楽しんでいないことでバンドを停滞させてしまっているとも。100%の力を注げずに、しかも自分がアンハッピーになるよりは、自分が出て行った方が良いと感じたんだ。「お前たちの前で活動を続けること、金のためにそうすることは、俺にもお前にもそしてファンのみんなに対してもフェアじゃない。」と彼は言ったんだ。AlexanderなしじゃCOBじゃないと言う人もいるだろう。理解できる。それに彼は他のメンバーと同じで、俺たちの大きな部分を占めていたのは事実だ。ただ、わかってほしいのは、このことは俺たちにとって簡単な問題ではないってことだ。バンドは新しいヤツをいれて続けていくよ(決まったら教える)。つまりだな、「CHILDREN OF BODOM AIN'T READY TO FUCKING DIE YET! (COBはまだまだ死なねぇよ!)」ってことだ。

ビール飲んで忘れちまえ!じゃあな!!

-Alexi Laiho
 
Alexander
にとって最後のショウはTUSKA 2003となった。次に控えるモスクワのフェスティバルのために、早急にギタープレイヤーを見つけなければならなかったバンドは、
Sinergy
のギタリストでもあり
Alexi
のアイドルでもあった
Roope Latvala
をサポートギタリストとして迎え、フェスティバルツアーをこなす。そのままの布陣で日本公演に望む。
BESTBREEDER
BESTBREEDER  日本ツアー直前の9月3日、(おそらく契約の問題で)
Toy's Factory
から日本独自企画のベストアルバムがリリースされる。
SOMETHING WILD
HATEBREEDER
TOKYO WARHEARTS
FOLLOW THE REAPER
からの選曲と、
Billy Idol
のカバー
Rebel Yell
が収録されている。
名古屋キャンセル
 
SOILWORK
をゲストに迎えて、
Hate Crew Deathroll
にともなう二度目の日本ツアー。大阪で初日を迎え、盛況のうちに終了するものの、翌日の名古屋公演でのこと。

 ショウは通常通り始まり、
SOILWORK
がその役目を終え、セットチェンジが始まる。しかし、セットチェンジ終了後も
Children Of Bodom
のメンバーはいっこうに姿を現さない。主催者がステージ上で説明を始めたのは、かなりの時間が経過してからだ。「アレキシの調子が悪い。様子を見るためもう少し待ってほしい。」結局その日
Alexi
シは回復することなく、名古屋のショウはキャンセルとなる。
Alexi
を除いたメンバー全員がステージ上に登場し謝罪の言葉を述べる。客席からは暖かい拍手が起こる。お詫びとして、このショウに参加した人達のためだけにTシャツを製作することに。その日はメンバー全員外出自粛、部屋での酒も自粛。
Alexi
からの謝罪文は日本オフィシャルサイトで読める。

 続く二日間の東京公演のキャンセルも心配される中、翌日の移動の新幹線車中で
Alexi
自ら「今日と明日はどんなことがあってもライブをやるぞ!」とバンド・スタッフに告げ(from Burrn!2003年12月号)、無事(といっても痛み止めを大量に服用しながら)東京公演をなんとかやりとげる。
HCDRツアー、Roopeの正式加入
 日本公演後は、初めての北米ツアー(
Dimmu Borgir
Nevermore
Hypocrisy
のサポート)。11月上旬から1ヶ月以上かけてまわる。

 翌年2004年もツアー三昧の日が続く。が、その前に
Trashed, Lost & Strungout
のレコーディングをこなす。そして、4月上旬からこれまた1ヶ月以上をかけて2度目の北米ツアー(
Iced Earth
のサポート)。夏にフェスティバルツアー、ブラジル・フィンランドでのヘッドライナーツアー。そして11月から3度目の北米ツアー(
Fear Factory
Lamb Of God
のサポート)。徐々に北米での知名度を増していくことになる。

 それまでサポートとしての参加だった
Roope Latvala
はこの時期に正式メンバーになっている。
Burrn!
増刊の
METALLION 21
で本人が語ったところによると、(本人の記憶が正しいなら)2度目の北米ツアーのバス移動中に、「何の問題もないし、もうパーマネントメンバーでよくね?」的なノリで正式加入が決定し、ささやかなパーティも催されたそう。
TRASHED, LOST & STRUNGOUT
TRASHED, LOST & STRUNGOUT  その合間に、
Trashed, Lost & Strungout
をリリース。本国では
Trashed, Lost & Strungout
She Is Beautiful
(カバー)2曲入りシングルが8月31日に発売。日本では、加えて
Knuckleduster
Bed Of Nails
(カバー)の2曲と
Trashed, Lost & Strungout
のPVとメンバーがヘルシンキを案内するというビデオを収録し、9月22日にエンハンスドCDという形でリリースされる。さらに
Spinefarm
は10月6日、さらにDVDEPの形でもリリースする。これには
Andrew W.K.
からのコメントや
Sixpounder
のPV、TUSKA2003から
Downfall
Everytime I Die
の映像他が収められている。

 ちなみに、
TL&S
Roope
が初めてレコーディングに参加した作品。

 ツアー後、バンドは5thアルバムの製作に入ろうとするものの、
Alexi
が車の屋根のうえから落ちて、右手を骨折、さらに右顔面を強打してしまい、曲作りそのほかのプロセスはストップ。アルバムの制作が遅れることに。

 2005年5月中にバンドはレコーディングをほぼ完了させ、フェスティバル時期を迎える。先行シングル
IN YOUR FACE
を本国で8月17日にリリースする。そして9月、いよいよ5thアルバム
ARE YOU DEAD YET?
の発売。
ARE YOU DEAD YET?
 日本でのレコード会社が
Universal Music Japan
に変更され発売されたこのアルバムは、日本ではもともと全世界に先駆けて先行リリース(9月7日)発売の予定だった。しかも通常盤と(DVD付き)デラックス盤の同時リリース。期待に胸をふくらませているところ、どういうわけか発売が1週間延期されて9月14日となる。その後さらに、デラックス盤の発売中止がアナウンスされる。
Alexi
がデラックス盤に付くはずだったDVDのマスターを無くしたのが原因だ、等の信じていいんだか悪いんだかよくわからない情報が流れたが、とにかく、結果、日本の先行リリースはなくなり、通常盤のみのリリースとなった。

 AYDY?発売後すぐの10月、バンドはまずオーストラリアをまわる。オーストラリアでは
AYDY?
未発売ということもあって、新曲は
Are You Dead Yet?
In Your Face
しか披露されていないものの、
COB
として初めてオーストラリアの地を踏んだということで、4つすべてのショウがソールドアウトとなり大盛況のうちに終了。

 間髪入れずに日本公演。チケット発売時には"Special Guest"が付くとの発表だったが、結局その話は流れ単独でのツアーとなった。ツアーは、名古屋・大阪・福岡・東京×2・広島・仙台・札幌を回り、東京と大阪でインストアイベントを行うなど、これまでで最大規模の日本ツアーとなった。これまた盛況のうちに終了。
ARE YOU DEAD YET? Deluxe Edition
 日本ツアー終了後、
IN YOUR FACE
のDVDシングルが
Spinefarm
から発売されるとの情報がオフィシャルホームページで発表される。その後、
In Your Face
のPVと、日本のデラックス盤に付くはずだった
All Night Long
というアルバムメイキングのビデオ、そして
Sixpounder
(WOA)を収録するという情報も発表され、一度は発売日が延期されるものの11月30日にリリース。

ARE YOU DEAD YET DELUXE EDITION  日本でも
IN YOUR FACE
DVDシングルの発売情報が待たれる中、11月中旬になってやっと第一報が流れる。なんとDVDSの発売ではなく、一度キャンセルになったはずの
ARE YOU DEAD YET?
デラックス盤が翌年2006年1月25日に発売するとの情報である。詳細が明らかになったのはそれからさらに後。
Spinefarm
IN YOUR FACE
DVDSに収録された
All Night Long
を含む、日本未発表の映像マテリアル多数をボーナスDVDとして収録、さらに日本限定で2005年10月の日本公演から
Living Dead Beat
Follow The Reaper
Hate Crew Deathroll
の3曲をボーナスとして収録するというもので、
Universal Music Japan
から5000枚限定でリリースされる。

 すでに通常盤
ARE YOU DEAD YET?
を購入したファンにとっては、ボーナスが収録されているとはいえ同じアルバムを買うことになり、批判も多数あったが、「限定盤」の響きが購買欲を煽ったのか見事完売している。
ツアーは続くよどこまでも
 一方本人達は、日本公演後、地元フィンランドに戻り、2公演を行う。そのうちの一つ10月28日のショウは撮影され、後にテレビで放映される。フィンランド公演後は、北米ツアー。初のヘッドライナーツアーを1ヶ月以上かけてみっちりこなす。そしてすぐさま年をまたぐヨーロッパツアー。
Alexi
がつま先を折ったり、
Jaska
があばらを痛めたりとけがの多いツアーだったが、なんとか無事ヨーロッパを回る。このツアーの2006年2月5日スウェーデン、ストックホルムでのショウは、DVD
Chaos Ridden Years: Stockholm Knockout Live
のために撮影された。

 ヨーロッパツアー終了後、
AYDY?
に伴う二度目の日本公演と、
SLAYER
をヘッドライナーとする北米でのパッケージツアー
The Unholy Alliance Tour: Preaching to the Perverted
への参加がアナウンスされる。

 そして3月中旬から、再び北米ヘッドライナーツアー。このツアーは"Bマーケット"って言うらしい、前回のツアーよりも小さな会場でのツアーだったそう。

 そして、日本公演。前回よりも小さめの会場で、川崎・大阪・東京を回る。全公演でセットリストを変えるとの公約通り、3公演ともすべて異なるセットリストを披露した。特に最終公演の東京では、
Hate Me!
から始まったり、会場の小ささも相まってスペシャルな雰囲気を魅せた。

 ツアーツアーツアーで、次は
Unholy Alliance Tour
。前座への待遇は良いらしく、これまでより大きな会場の雰囲気を楽しんだ模様。途中、同じ前座バンドとして一緒に回っている
Lamb Of God
らだけのショウが企画されたが、出演する予定のない
Children Of Bodom
の名前をプロモーターが勝手にポスターに載せて客寄せをした結果、バンドがオフィシャルページ上で釈明をしなければならないという事態に発生した。明らかに
COB
に非はないのだが、知名度が増していっているという証拠ともとれる。また、このツアー中に、ヨーロッパでも
SLAYER
のツアーに帯同することが発表された。

 日本では
Beast Feast
以来久々に開催される大型メタルフェスティバル
LOUD PARK 06
への参戦が発表され、一つのアルバムでの来日はなんと3度目。
SLAYER
IN FLAMES
LAMB OF GOD
等も参戦し、日本版
Unholy Alliance Tour
の実現と言えなくもない。

 2006年のフェスティバル参戦は少なく、
LOUD PARK
を含めて計4つ。その中の一つ、ポーランドのHUNTERFESTはプロモータ側の問題によりキャンセルされた。そんな中、
Roope
Alexi
SWEDISH METAL EXPO
にてギタークリニックに出演した。

 そして、日本に来すぎという声がそこそこ大きくなっている雰囲気の中、
LOUD PARK 06
出演。出演順も日本での人気を考慮してかかなりの好位置。ライブ自体は、久々に
Children Of Bodom
がプレイされるなど盛り上がったものの、本人達のプレイの荒さや会場の音の悪さも相まって、2chやブロガーからの評価は余りよいものとは言えない、むしろ悪いと言っても良い物だった。

 
LOUD PARK
後はすぐにヨーロッパでの
Unholy Alliance Tour
が始まる。
MASTODON
がラインナップから消えて
Lamb Of Godo
とスロットを交互にわけあう。ヨーロッパでの人気から考えて、
Children Of Bodom
の出演順が良くなるかと思われたものの、結局地元フィンランドでさえ出演順は変わらず。
Chaos Ridden Years - Stockholm Knockout Live
CHAOS RIDDEN YEARS  バンド初のオフィシャルライブDVD
Chaos Ridden Years - Stockholm Knockout Live
の発売。当初日本での発売は全世界に先駆けて9月27日の発売予定だった
CRY
。当初の戦略では
LOUD PARK
前の予習アイテムとして売り出すはずだったのであろうこの商品は、製作上の問題(PAL->NTSC変換での問題だそう)から何度も何度も延期され、結局11月29日の発売となった。ただ焦らされた結果か、オリコンの音楽DVDデイリーチャートでは初登場第3位を飾る。

 バンド本体は、ヨーロッパでの
Unholy Alliance Tour
後、またまた北米でのヘッドライナーツアー。
UAT
中のインタビューで、
Alexi
はこの北米ツアーで、今まで演っていなかった曲を演るというような旨の発言をしており、実際
Children Of Decadence
Children Of Bodom
Mask Of Sanity
などが披露されている。

 ちょうどこの時期、11月、
Children Of Bodom
のオフィシャルマーチャンダイズショップ"
HateWear
"がオープンしている。
続く。